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自作パソコン 秋葉原の歴史

自作パソコン語るなら、秋葉原を忘れてはいけない

自作パソコン部品を今でも多く取扱っている、どんなヘビーユーザーでもその品揃えの多さから満足させることの出来る電気街を持っている東京の中でも最大の電気街『秋葉原』を忘れてはいけないでしょう。今でこそオタクの聖地なんて呼ばれていますが、元々は日本最大の電気街としての顔が強かったが、そんな秋葉原は自作パソコンの部品を揃えるということであれば、専門店が昔なじみを感じさせる店を構えてお客さんを待っている。そんな秋葉原の歴史を見ていきましょう。

1970年代の頃

ではまず1970年代から見ていこう。自作パソコンの黎明期、秋葉原では1976年に動きがあった。NECがTK-80の宣伝・普及のために、秋葉原ラジオ会館にショールームを解説したことを皮切りにして、当時はマイコンを取扱っている店舗の増加も相まって、後に8bitパソコンのようなホビーパソコンと呼ばれる趣味に供するためのコンピュータ市場が発生することになるのだった。その後メーカー直営から専門店まで、幅広い商品が軒を重ねる自体にまで発展するのだった。この当時より、無線機器やそのパーツ類を扱っていた商店が趣味の電子機器として個人向けコンピューター製品を取り扱い、その中からは後にパソコンショップに業態転換するものも現れた。

自作PCの底力をみせてやりましょーー!

1980年代の頃

1980年代以降になると、ビジネス関連で業務のOA化が進んだことから、家電製品などと共にメーカー製PCとその周辺機器の販売が徐々に増え始めたことで、企業相手にOA機器を取扱う店舗がその取扱品の一つにパソコンを含めるケースも増えていた。販売商品の主流は当時の日本国内で大きなシェアを占めていたNECのPC-9800シリーズやエプソンのNEC互換機で、ホビーユースでも8bit御三家のように3強が覇権を争う市場が存在していたが、この競争で主要シェアを獲得できずにマイナーな存在に甘んじた他のアーキテクチャのみを専門にアトリ扱う店も当然のように存在しており、また商売として成立していたのが当時の秋葉原電気街の奥深さ、という性質を物語っていた。

地方都市では通信販売以外では事実上入手手段がない製品や補修部品であっても秋葉原ならば専門店で店頭入手が可能ということも多かった。とりわけマッキントッシュやMSXなどの専門店は長らく残っていた。

1990年代の頃

1990年代初頭から、日本国内ではまだマイナーな存在であったPC/AT互換機が対等を始め、ショップではハンドメイドで組み立てたPCの販売が始まりを告げ、ユーザー自身で組み立てる自作パソコン向けのパーツを扱う店も多く見られるようになるほど、業界の市場は広がりを見せるのだった。主流だったNEC製品を買うよりも安価になり、勝子のパーツの中にはメジャーメーカーでは名かな冠¥お目にかかれない得意な使用のカスタムパーツも多く、アングラを好んでいる自作パソコンユーザーが秋葉原に集結するようになる源流の基礎を作り出すきっかけになるのであった。

爆発的な需要を生み出したオペテーティングシステムであるWindows95のリリース以降については、それまでの白物家電に代わってパソコン関連製品が秋葉原の販売の主流を占め、それに伴って数多くのパーツショップが秋葉原界隈に林立し、一時期は秋葉原を指して『パソコン街』と呼ばれることのある時代が到来するのだった。のちに『オタクの聖地』とまで言われるようになるのは、もう少し先の話だ。このこともあり、バブル崩壊後以降も、数多くの老舗家電量販店が低迷や破綻に至ってしまい、都内では低下の一途を辿っていた秋葉原電気街のブランド力もこと当時成長産業であったパソコンに限れば、その後も暫くの間は地方や郊外部ならば十分に通用するほどの経済効果をもたらしていた。

また、従来の店頭販売主体のパソコンショップのみならず、通販主体のパソコンパーツショップや直営メーカーでも、秋葉原に直売店舗を構えることを一種のステータスや信用とみなすパソコン小売業界の黎明期からの考え方が、当時はまだ根強く存在していた。そのため、1990年代には『秋葉原電気街のパソコンショップ・PCメーカー』という博付けを求めて、他地域からの創業したパソコン関連企業や商店が秋葉原に進出し、販売戦略に利用していた。この分野では現在秋葉原に店舗を設置していないものや現存しないものも、過去には秋葉原に進出して店舗を構えていた事例も枚挙に暇が無く、店舗のみならず本社や営業拠点を置いた者も少なくなかった。

それからの秋葉原

その後軽度や時差の都合などもあって、OSなどの気管ソフトや自作パーツは世界で最初に販売が開始されることも多くなるのだった。しかし、90年代後半からはコモディティかしていったパソコンセットや主要パーツの販売単価の定価や、激しい競合の中で一部の店舗が過剰な価格破壊路線に走ったことに起因する慢性的な低利益率の業界体質・通信販売の普及・大型化点量販店との競合などによる集客力の低下や、2005年のつくばエクスプレス線開業や再開発計画の進捗も要因となった家賃の高騰などが複合的に重なったことで、ここ数年では経営的苦境に追い込まれた老舗ショップ・著名ショップの撤退や経営破たんが相次ぎ衰退傾向を如実に現していき、全盛期を見る影もないほどに落ちていってしまうのだった。しかし全国的にパソコンショップ自作ショップといった業態そのものが衰退傾向にある今なお、ホビー用途の自作用PCパーツを中心とした周辺機器類、各種サプライ、中古・ジャンク商品の充実振りでは他地域の追随を全く許すことなく、自作PCユーザーが集う街としての秋葉原の集積度は国内屈指の地位を固辞し続けている。

また、メーカーが発表していないマイナーなモデルや発表前の先行モデルなどのバルク品と呼ばれている一般ユーザーへの発売を前提としない商品を店頭で取扱っている店舗は現在でも若干数存在しており、通信販売での取り扱いも無く秋葉原に来なければ到底入手できない特殊パーツも掘り出し物として販売しているところもある。

このようなコンピュータ製品販売の全国でも比類なき集積度の高さゆえに、働く地理的な有利性は大きく、これを生かして新発売の商品をメーカーの発売日前に販売されて、話題となることも珍しくない他、マイクロソフト社のWindowsの新バージョンといった家電製品の新型モデルの発表の場としては最高であり、新商品発売日には秋葉原界隈の店舗では大量に納品されて、開店と同時に行列が出来たり、秋葉原の販売店で新発売の記念セレモニーが行なわれることもよくある。

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